「だけど…」からの「LOVE TRIP」 AKB単独コンサートで紡がれたストーリー
『LOVE TRIP』
◇◇ プロローグ
とぼとぼと歩いていた。
結局卒業式にもあの子は来ることはなかった。
バス停から自宅までのいつもの道、夕陽が何かを掻き立てるようだった。
——その時、目の前に見知らぬ人たちが立ちはだかった。
200121 AKB48単独コンサート @TDCホール
M19 重力シンパシー (小栗有以、久保怜音、大盛真歩、西川怜、山内瑞葵)
M20 遠距離ポスター (〃)
M21 だけど… (〃)
M22 LOVE TRIP (加藤玲奈、西川怜、向井地美音、横山由依、峯岸みなみ、武藤十夢、大盛真歩、☆柏木由紀、久保怜音、岡田奈々、村山彩希、山内瑞葵、岡部麟、小栗有以、倉野尾成美、坂口渚沙)
◇◇ 1 重力シンパシー
プシュー…
バスの扉が閉まってゆっくりと出発する。いつもの席が空いていてよかった。
山の中腹にある集落で唯一のバス停で、一時間目に遅刻しない唯一のバスに乗って登校するのもすっかり慣れた。車窓はずいぶんと緑が深くなり陽射しが時折目に眩しく降り注いでくるそのタイミングも熟知し始めた。しばらく走ると朝日に照らされた麓の街並みが見えてくるから右側の車窓が好きだった。読書をするなら左側の座席に座るのがおすすめだ。
その子の存在に気付いたのは夏休みが近づいてそわそわしてきた頃だったと思う。いつも教科書か参考書—―文庫本のときもある—―を読み耽っていて入学当初は全く意に介さなかった同じバスに乗って通学している女子生徒なのだが、いつだったか、危うく乗り遅れそうになって慌てて転がり込んだバスの車内でいつもと違う場所に立っていて気付くことになったのだ。
透き通った肌、整った髪、活字に落とす瞳は汚れを寄せ付けぬ上品さだった。一瞬で恋に落ちた。
それからというもの、僕は毎朝あの子の定位置——バスの左側、乗り口直後の座席——の二つ後ろに座っている。その子のことは何も知らなかったけれど、ただその姿を見ているだけで満足していたし、バスが右へ左へ揺れるたびに同じ方向へ傾くのがなぜだか楽しかった。
季節は秋を越え、冬になっていた。
◇◇ 2 遠距離ポスター
僕の家は狭くない。親が金持ちというわけではない、田舎なのでご近所はみんな都心にあれば高級住宅街を形成できるくらい大きな家に住んでいる。そんなわけでこんな僕でも一丁前に自分の部屋がある。その部屋の角に鎮座するベッドの横の壁に初めてポスターなるものを貼ってみた。いかにもアイドルオタクって感じで親にいつか見られることを思うと恥ずかしいが背に腹は代えられない、心から応援しているんだから。
2年生に上がった直後だったと思う。せっかくあの子と同じクラスになれたというのにすっかり学校に来なくなってしまったのだ。友達の女子たちが彼女の欠席を心配して先生を詰問しているのを心中穏やかでなく聞いていたが、どうやら病気とかそういうことではなく家庭の事情だと、それでも何やらはぐらかしている態度だったが、原因はすぐに分かった。
学校は三日か四日はその話題で持ちきりになった。また、彼女が登校してきたときも始めの三日か四日は学校全体が色めき立っていたような気がする。でもそれも一時のことで蜂の巣をつついたような状態は収まった。
僕は毎朝、彼女が定位置に座っているか否か、一日のテンションを大きく左右するギャンブルに負け越しながら通っていた。
数ヶ月経った頃、彼女が雑誌に載るとのことで僕の周辺は俄かに色めき立ち、街の本屋ではその雑誌がすぐ完売になった。多くない小遣いのやりくりで即座に手を出せなかったのは痛恨、一生の不覚である。
しかしそんな後悔を忘れ去るほど、それから彼女は幾度か雑誌に掲載されついにはポスター付録が付くことになった。その記念すべき号を僕は実に計画的に入手して自室の壁に貼ったのである。もうめっきり登校頻度も少なくなってしまったが、今はこの環境に満足している。
◇◇ 3 だけど…
僕と彼女の関係はいつも初夏に動く。
3年生になって迎えた小暑、あの子がついに活動に専念してしまうと先生が発表した。よくわからないが卒業のための学習は特別な方法で行うらしい。
翌日から本人が降臨した日は、クラスの女子が彼女を取り巻き惜別トークを朝から下校まで繰り広げている。
2年生の頃、彼女が頻繁に学校に来られるようになって学校行事に参加していた時期があった。そのとき偶然、些細ではあるが小さな共通の仕事を担当した。そのとき彼女がいる環境の話と好きな音楽の話が出来てCDを貸し借りしていた。あれを返せないままでいた。
最後に一言だけでもと思った僕はそれを口実に、ある朝勇気を振り絞って彼女に話しかけた。
「わかった。今日は持ってないから、明日の放課後でいい?」
「は…はい!」
万感の思いでCDを握りしめて待っていた。せっかくの記念すべき善き日なのに空模様は祝福してくれていないようだった。
お互いに少しの言葉を添えながらCDを返したとき、細い夕陽が差し込みプールの水面を輝かせた。多分相変わらず僕は緊張でうまくしゃべれていなかったと思う。
彼女も学校を去り難いらしく感極まっていた。
間を探り合っていた。
風がそよぎ、覗いた夕陽が沈んでいく。
「……ありがとう」
彼女は僕に微笑みかけて振り返っていった。艶やかな髪はポスターのそれだった。
◇◇ 4 LOVE TRIP
あれから彼女は本当に学校に来なくなってしまった。そして卒業を迎えた。卒業写真には彼女も載っていた。制服姿の君はあの頃のままだった。
「…あなた方は誰ですか?」
女性1「あなたは今まで後悔し続けていますね?」
「……。」
女性2「自分の気持ちを隠していた…」
女性3「彼女に伝えていない言葉があるんでしょう?」
女性4「過去に戻してあげましょう」
女性5「あなたにLOVE TRIPを差し上げます」
複数の見知らぬ女性に囲まれて、なぜか言い当てられて、タイムトリップをさせてあげると言われた。
全く意味不明だったが乗っかることにした。こうなったらヤケクソだ。
そういえば僕はこの思いを彼女に伝えていなかった。
気付かされた。
時間の彼方へ帰ろう——。
君はどこにいる——?
会いたい!
ずっと言い忘れたことがあるんだ!
あの日と同じ校舎の片隅で、僕は君に何を言えるのだろう。大人になった僕は正直になれるのだろうか。
— 完 —